今から46年前の1980(昭和55)年5月25日、大阪府吹田市の「万国博ホール」で社団法人 日本アマチュア無線連盟(JARL)の「第22回通常総会(なにわ総会)」が開かれた。約2,500人の会員が出席する中、開会セレモニーではJARL会員でもあるプロの作曲家が手掛けた「アマチュア無線賛歌」2曲が初披露され、会場は華やかな雰囲気に包まれたという。2026年6月12日はJARL創立からちょうど100年の記念日。この機会に歴史に埋もれてしまった「アマチュア無線賛歌」について紹介しよう。記事内でその2曲の音源を聴くこともできる。

1980年5月25日、大阪・万国博ホールで開催された「第22回JARL通常総会」の開会セレモニーで、アマチュア無線賛歌2曲が初披露された。バンドによる生演奏と地元の女子大生によるバトン演技で、場内は華やかな雰囲気に包まれたという(イラストはイメージ)
2026年6月12日、一般社団法人 日本アマチュア無線連盟(JARL)は、任意団体として創立してからちょうど100年の記念日を迎えた。また来年(2027年)9月には日本初のアマチュア無線局が開局してから100年を迎えることから、JARLでは2026年6月1日から2027年9月30日までの1年4か月間を祝賀期間として、さまざまなイベントや企画を行っている。
この機会にhamlife.jpが紹介するのは、1980年5月25日に大阪府吹田市の万国博ホールで開かれた「第22回JARL通常総会(なにわ総会)」で披露された2つのアマチュア無線賛歌だ。
その曲名は「CQ」と「アマチュア無線の歌 JARL」。どちらも関西を拠点とするプロの作曲家、津野陽二氏が手掛けたもの。津野氏はさまざまな企業のCMソングや、歌手 奥村チヨの「ごめんね、ジロー」など多数を手掛けたという音楽業界の著名人だ。
現在でもよく知られているところでは「ロート製薬」のCMオープニングキャッチ(ロート製薬本社の建物に鳩が飛び交い「ロート、ロートロート」とコーラスが入るもの)の音楽は同氏の作品である。
1980年当時、津野氏はJA3UFSというコールサインのアマチュア無線家でJARL会員でもあった。依頼を受けて3エリアで開催されるJARL総会のために作詞・作曲したのが、この「CQ」と「アマチュア無線の歌 JARL」の2曲だったという。まずはその曲を聴いていただこう(下記タイトル画面をクリックするとMP3形式の音楽が流れます)。
★アマチュア無線賛歌 1曲目「CQ」
作詞・作曲:JA3UFS 津野陽二
歌:平山磨美
この画像をクリックすると音楽(MP3形式)がスタートします↓
歌詞
(1)
青い空をどこまでも 果てしなく飛んでゆくよ
山を越え 海を越え 心通ったシグナル
昇る 朝日を 追いかけてゆけ
CQ 言葉が飛んでく CQ 地球の果てまで
休むことなく メッセージ乗せて
CQ こちらは朝です CQ こちらは夜です
今日も友情 送る幸せ
JARL
JARL JARL
(2)
CQ 光が飛んでく CQ 宇宙の果てまで
届けよ君に 愛を乗せて
CQ こちらは春です CQ こちらは冬です
愛と平和を 世界に送る
JARL
JARL JARL
JARL JARL

★アマチュア無線賛歌 2曲目「アマチュア無線の歌 JARL」
作詞・作曲:JA3UFS 津野陽二
歌:平山磨美
この画像をクリックすると音楽(MP3形式)がスタートします↓
歌詞
(1)
今日も どこかの町で 誰かが呼んでいる
遥かな山の向こうには 集う友がいる
ああ それは ああ 世界に一つの
素晴らしい コールサイン
夢と希望 電波に送る 幸せ
ああ 回る ああ 地球の果てまで
呼びかける われらJARL
(2)
いつか 出会えるだろう そして語り明かそう
たとえ言葉が違っても 分かり合えるだろう
ああ 飛ぶよ ああ 光になって
友情の メッセージ
愛と平和 マイクに託す 喜び
ああ 行こう ああ 宇宙の果てまで
届けよと われらJARL
ああ 歌おう ああ 七色の虹が 輝ける
Nice Hobby
愛と平和 マイクに託す 喜び
ああ 歌おう ああ 未来に向かって
絶え間なく われらJARL

この曲を聞いた音楽関係者は、「1980年頃は、まだコンピューターミュージック(DTM)が普及していない時代だが、モールス符号のJ・A・R・Lを楽器の音に置き換えたり、受信機のダイヤルを回したチューニング音を加えるなど、当時としては相当凝った音作りをしている。だから46年が経過した今聞いても、あまり古さを感じない」と感心していた。
◆2,500人が参加した「JARL通常総会」の会場で初披露
1980年5月25日に開かれた「第22回JARL通常総会(なにわ総会)」には全国から2,500人ものJARL会員が出席。来賓として大阪府知事と吹田市長、衆議院議員も臨席するという規模の大きなものだった(当時のJARL通常総会は、すべての正員に出席し議決する権利があり、毎年5月に各エリア持ち回りで開催されていたが、2,500人も出席するのは珍しかった)。
その議事に先立つ開会セレモニーで、先ほど紹介したアマチュア無線賛歌の2曲が初披露された。機関誌「JARL NEWS」1980年7月号の記事から一部を抜粋する。

「第22回JARL通常総会(なにわ総会)」の詳細を伝えた、JARL機関誌「JARL NEWS 1980年7月号」の表紙
●開幕
午前10時、一杯になった会場後方からバトントワラーの先導により、総会準備委員長、JARL役員が入場、舞台の上に整列。司会者に紹介されました。
つぎに来賓の方々が花道から一人一人紹介を受け入場。来賓席に着席しました。来賓は近畿電波監理局長 馬来裕氏、同電波監理局陸上部長 池田裕之氏、大阪府知事 岸昌氏、衆議院議員 左藤恵氏、そして吹田市長 榎原一夫氏でした。
●アマチュア無線賛歌紹介
ここで総会のために特別に作曲されたアマチュア無線賛歌(JA3UFS 津野洋二 作詞・作曲)が披露され、キャプテン・フィンガーズ(バンド演奏)、レインドロップス(コーラス)、そして大谷女子大バトントワラーによる踊りで、現代感覚にあふれた若さいっぱいの歌が披露されました。
当時、東京から夜行の寝台急行に乗ってこの総会に出席したという、あるアマチュア無線家は「開幕セレモニーが始まる前から、会場内でこの曲がBGMとして流れていました。舞台で発表する際はバンドやバトントワラーが登場する派手な演出でびっくりしました。曲はしばらくすると忘れてしまいましたが、“CQ こちらは朝です、CQ こちらは夜です” というフレーズだけはずっと記憶に残っていて、無線機のダイヤルを回すときに口ずさむこともありました」と懐かしそうに語っていた。
こうして2,500人の出席者に感銘を与えたアマチュア無線賛歌2曲だが、総会後はJARLで積極的に利用されることはなかったようで、いつの間にか歴史の中へ埋もれてしまい、JARLのあゆみを振り返る年表でも触れられていないのが残念だ。
しかしアマチュア無線のコールサイン研究で知られるJJ1WTL 本林氏が、2020年頃から「関西アマチュア無線フェスティバル」の懇親会で関西各局にこの曲に関する情報の聞き込みを始め、毎年少しずつ手掛かりを掴み、ようやく津野氏の作品であることが判明した(詳しくは本林氏のブログ参照)。
残念ながら津野氏はすでに他界していたが、本林氏は津野氏の奥様と連絡を取ることに成功。アポイントを取って自宅を訪問すると、奥様は自宅で保存していた段ボール箱の中から発見した2曲の音源が入ったDATテープとCD-R、さらに1曲分の手書き楽譜を「これはJASRACに登録していない曲なので、自由に使ってください」と託してくださったという。

津野氏の手書きによる「アマチュア無線の歌JARL」の楽譜より(JJ1WTL 本林氏のブログより)
JARLが100周年の節目を迎えた今、この曲が多くのアマチュア無線家の耳に届き、隆盛を極めた1980年当時のアマチュア無線界(とJARL)に思いを馳せてもらえたら幸いだ。
願わくば、2027年秋に予定されているJARLの「100周年記念式典」で、この2曲を再び会員に披露していただきたいのだが…。
●関連リンク:アマチュア無線讃歌(CIC:JJ1WTL 本林氏のブログ)
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