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<初めて南極からオンエアーしたJA局>「JA1JG/ANT」のコールサインで運用した第1次南極観測隊員・作間敏夫氏(JA1JG)が逝去

南極・昭和基地から運用を行うアマチュア無線局(JARL局)「8J1RL」は有名な存在だが、社団局が制度化される以前は個人局による運用だった。第1次南極観測隊(1956年に日本出発~1958年に日本帰着)の越冬隊員として南極の地に赴いた作間敏夫氏(JA1JG)は、日本人として初めて南極から「JA1JG/ANT(南極)」のコールサインでアマチュア無線の運用を行ったことで知られている。その作間氏が2018年12月20日朝に92歳で逝去されたと朝日新聞が伝えた。

 

 

 

 通信隊員として第1次南極観測隊に参加した作間氏。銚子無線電報局(JCS)との交信に成功したことで、日本の初越冬につながったことでも有名な存在だったと朝日新聞の記事で伝えている。また当時の様子(越冬中に無線で日本の家族と交信する作間氏)を伝える貴重な写真も記事に掲載されている。

 

 日本におけるアマチュア無線コールサイン研究の第一人者、本林氏(JJ1WTL)のWebサイトによると、「現在南極にあるのは、8J1RL、8J1RFの2局で(中略)、それ以前には南極観測隊員となる『個人』に対して、8J1AA~8J1ADとして個人局が免許されていました」としている。

 

「『社団局』が制度化されたのは1959(昭和34)年12月22日でした。これは時間軸上では第1~4次越冬隊よりもあとになります。ですので、それまでは必然的に『個人局』とならざるを得ません」「また、8J1AA以前には、通常コールサインのJA1JGがいました」として、 作間氏のコールサインが登場する。

 

 用いられたコールサインは「JA1JG/ANT」で、スラッシュのあとの「ANT」はAntarctic(南極)の略である。当時は電信による交信だったため、3文字の略符号が使用されたと思われる。

 

「第1~2次越冬隊(後出)のころには、日本は『8J』をまだ得ていませんでした。日本が『7J、 8J』を得たのは1958(昭和33)年10月23日です(11月1日付でITUから各国あてに通達)」「というわけで、“最初”の日本の南極基地からの運用は、JA1JG/ANTです。8J1RLでも8J1AAでもありません」と本林氏は説明している。

 

 

 JA1JG 作間敏夫氏のご冥福をお祈り申し上げます(hamlife.jp)

 

 

 

●関連リンク:
・第1次南極越冬隊、作間敏夫さん他界 日本との通信担う(朝日新聞デジタル)
・「南極観測隊初期のアマチュア無線運用状況」8J1RL以前に南極からオンエアしていた日本人局(JARL Web)
・南極物語(JJ1WTL 本林氏のWebサイト:callsign.jp)
・銚子無線電報局(ウィキペディア)

 

 

 

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